凄い人と一緒だからその人が凄いわけではない

こういう自慢というのはよく聞きますが、あまり良いイメージはわきません。

 

凄い人と繋がっているんです。凄い人と食事をしているんです。それが何かという話になってしまいます。

 

 

 

話の流れとして偶然出てきたのであればいいのですが、そのことを出して自分が凄いんだという自慢はいい印象は受けないですよね。

 

その人と同じ仕事をしているのであればまた違うかもしれませんが、ただの食事仲間か知り合いというだけで大きな顔をされるのではその有名人本人も困ってしまうのではないでしょうか。

 

芸能人であればOK?

 

芸能人であればそれはまあありかなと個人的には思います。

そこは自分の自慢をしたいのではなくて、その芸能人に会ったことが嬉しいというようなニュアンスであればという条件付きです。

 

芸能人と一緒に食事が出来る自分が凄いんだという話になってくると上の話と変わらなく、嫌味以上の意味を成さなくなってしまいます。

 

単純に芸能人に出会えてラッキーくらいの方が話としては面白いですし、誰も嫌な気分にならないですよね。

 

誰々と特別な関係にあるからあなたも連れていくね、というのであればわかりますがそうでないのなら嫌味な自慢にしかなりませんし、結局自分が出会えもしなくて役にも立たない話を聞くのであれば、聞かされている側は全然良い気分にならないというのは常識的に考えてもわかりますよね。

 

これが自分がしゃべるときになってしまうと、つい自己顕示欲が出てしまうのか、こういうことを話してしまいがちです。

 

凄いのはその人であってあなたではないということ

 

凄い人と一緒にいることができる自分は同じランクかそうでなくても近いランクにいる凄い人だ。そんな考え方をしてしまいがちですが、凄い人は決してその人そのものではなく、あなたではないということを自覚しなくてはいけません。

 

有名人、その業界で影響力のある人になると近づいてくるような人はたくさんいて、その人もその中の一人にしか過ぎないわけです。それなのに調子に乗ってしまう。

 

これは外部から見ると愚かな人にしか見えませんし、自己顕示欲が無駄に高いだけで相手に悪い印象しか与えません。本当の目的は自慢することではなく、自分を凄い位置に持っていきたいということなのであれば余計なことを言う必要はありません。

 

凄い人と食事をするのではなく、自分自身が凄い人になるということ。

これを目指さないといつまでも自分のステージはやってきません。